
三重県鈴鹿市寺家(じけ)の観音寺で3月17日、冬も花をつける国の天然記念物「白子不断(しろこふだん)ザクラ」に感謝する供養会(くようえ)があった。この桜を題材にした江戸時代前期の謡曲「不断桜」も披露され、多くの参拝者でにぎわった。

【白子不断ザクラの前で参拝者に説明する後藤泰成住職㊧】
安産の「子安(こやす)観音」として親しまれる寺の境内に2株が自生し、地元は国の重要無形文化財で和紙に着物の模様を彫る「伊勢型紙」の産地になっている。不断ザクラの葉の虫食い模様からヒントを得て伊勢型紙が考案されたとの言い伝えがあり、この桜について後藤泰成住職が「地域の大事な宝物」と説明した。

【本堂で謡曲「不断桜」を披露する鼓謡会のメンバー㊨】
本堂では、地元の愛好家団体「鼓謡会」の9人が江戸前期の謡曲「不断桜」を披露した。能を演じる時、独特の節回しでストーリーを語る謡曲。「不断桜」は、天皇の命で白子不断ザクラを見るため、寺を訪れた使いが、漁師に化けた桜の精と語り合う物語。奈良時代の聖武天皇の時代に創建されたことや、寺が火災に遭い、焼け跡から桜が芽生えたことを昔の言葉で披露した。寺は江戸時代、伊勢神宮に参拝する旅人が行き交った伊勢街道沿いにあり、秋から冬にかけ盛んに咲く桜が不思議がられて「伊勢参宮名所図絵」など、多くの史料に名所として登場する。
樹齢1300年近くとされ、戦国時代の著名な連歌師、里村紹巴(じょうは)も「名木あり」と道中記に記している。参拝に訪れた樹木医中村昌幸さん=鈴鹿市十宮=によると、幹が70~80年で枯れても、根元付近から次々と若い芽が伸びて、命をつないでいくという。(酒井直樹)

【根元付近から伸びた若木㊨】

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