かつて三重県南部の南島町(現南伊勢町)と紀勢町(現大紀町)境で中部電力が計画し、2000(平成)年に白紙撤回となった芦浜(あしはま)原発計画。まだ日本に商業用の原子力発電所がなかった1963(昭和38)年に計画が浮上し、賛否をめぐって37年間、地域で住民が激しく対立した。反対運動に携わった元高校英語教諭の柴原洋一さん(72)=伊勢市=が2025年9月6日、四日市市で講演し、白紙撤回後の「秘話」を披露した。

【かつての芦浜原発予定地の映像を映して講演する柴原さん】
講演は、市民団体の「脱原発四日市市民の集い」が主催。芦浜原発反対闘争史に名を残す一人の柴原さんは、熊野灘沿いの原発計画地「芦浜」について触れた。最も近い南伊勢町新桑竈(さらくわがま)、大紀町錦の集落から、いくつも山を隔てた無人の美しい浜で昭和時代、中電は当時の紀伊長島町(現紀北町)などの地権者から広大な「原発用地」をほぼ買収済み。計画が白紙となり一時、反対派の牙城だった南伊勢町が買い取る案も出たが、現在も管理が続けられ、そのままになっている。柴原さんは、14年前の3月11日午後4時、芦浜沖の海域に共同漁業権を持つ南伊勢町古和浦(こわうら)地区の漁業者に「集まってほしい」と漁協関係者から招集がかかったことを明らかにした。しかし集合時間の1時間余り前、福島原発事故を引き起こした東日本大震災がくしくも発生。熊野灘沿岸にも津波が押し寄せるとの情報があったことなどからか、集まりは急きょ、中止になったという。柴原さんは「集まりでの議題は明らかにされておらず、原発計画の再浮上では」と今でも思っている。会場では、原発反対を貫いた南伊勢町古和浦の漁業小倉正巳さん(故人)と、妻の紀子さんへのインタビューを中心とする映画「原発夫婦」が上映され、この中で小倉さん夫妻も、大震災で中止となった「幻の集まり」について語っている。
芦浜原発計画は一時、国の計画に盛り込まれ、多額の交付金が資源エネルギー庁から関係する自治体に出ていた。当初から原発立地自治体の南島町(現南伊勢町)は反対派の拠点、紀勢町(現大紀町)は推進寄りで動いた。1996(平成8)年には、南島町の漁業者らが中心になって81万人分の反対の県民署名を集め、2000年の県議会で当時の北川正恭(まさやす)知事が「白紙撤回」を要望。この数時間後、中電は計画を断念した。翌年には、かつての原発候補地「大白浜」を抱える海山町(現紀北町)で地元経済界から原発誘致の機運が盛り上がり、住民投票の結果、反対が多数を占め、誘致を断念した。電源立地に適する固い岩盤が多い紀伊半島南部の三重、和歌山県の熊野灘、枯木灘沿いなどの計10カ所近くで、中部、関西電力が原発の立地を模索したが、地元の反対で1基もできていない。一方で大震災後、国のエネルギー政策が原発回帰に傾いており、漁業の衰退や過疎化が激しい地域の振興策として原発立地を望む声もあるのが実情だ。

【三重県南部で原発計画が浮上した熊野灘沿いの芦浜、井内浦(いちうら)など4地点】
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