1500年前の珍しいカブトが出土 三重県鈴鹿市の古墳 磯田道史さんら研究者も注目

【発掘現場の公開に詰めかけた多くの歴史ファン。左上がカブトが出土した墳頂部】

 三重県鈴鹿市国分町で市が進めている古墳「富士山(ふじやま)1号墳」の発掘調査で、頭にかぶる武具の珍しいカブト(冑)=写真㊦=が出土した。当時は、奈良県桜井市を拠点にヤマト王権が勢力を拡大していた5世紀後半。カブトは第21代・雄略(ゆうりゃく)天皇時代のものとみられ、この天皇を指す「獲加多支鹵大王(ワカタケル大王)」と刻まれた鉄剣が稲荷山古墳(埼玉県行田市)などから見つかり、国宝に指定されている。市は富士山1号墳で引き続いて死者を納めたひつぎを調べる予定で、「こうした鉄剣などの副葬品が出てくる可能性がある」と歴史ファンの間で期待が高まっている。

 

【他の古墳から出土したカブトとヨロイ】

2026年3月14日には、発掘現場の一般公開があった。全国に計16万基はあるとされる古墳の多くは、埋葬施設がこっそり掘られ、一緒に埋められた宝物が持ち去られているが、富士山1号墳は約1500年間、盗掘(とうくつ)されていない貴重な古墳。このためテレビ出演が多い国際日本文化研究センター(日文研、京都市)の磯田道史教授や、この地方の古代史に詳しい皇学館大の岡田登名誉教授も現地を訪れた。カブトは、いわばヘルメットに相当し、薄い鉄の板を鋲(びょう)でとめて作ってある。正面に「衝角(しょうかく)」と呼ばれる突き出た部分があるのが特徴で、三重県内では初めて、全国でも近畿地方を中心に30例ほどしか出土しておらず、珍しい。巨大古墳が築かれた「倭(わ)の五王」時代のヤマト王権から、各地の有力豪族に贈られた権威を示す威信財(いしんざい)とみられ、磯田教授は取材に、鋲(びょう)の打ち方などから、同じ型のカブトが、どんな関連性があるのか分かるはずと指摘した。今後、市は保存処理をしたうえで、詳しく調べる。

 富士山1号墳は、この地方では規模が大きい全長55・7㍍の前方後円墳。カブトは後円部の高さ6㍍のてっぺん「墳頂(ふんちょう)」から出土した。木製のひつぎを粘土で覆って埋めた「粘土槨(ねんどかく)」の外側から見つかっており、胴を守るヨロイはひつぎに納められている可能性があるという。今後、古墳研究で知られる大阪公立大の岸本直文教授らの指導で4月以降の早い時期に粘土槨(ねんどかく)の調査をしたいという。

 ヤマト王権から全国に広がったとされる前方後円墳のうち、富士山1号墳は前方部が少し短い「ホタテ貝式」。古墳をぐるりと取り囲む堀「周濠(しゅうごう)」が掘られていたり、祭祀(さいし)を行なう舞台のような「造出(つくりだし)」があったりして、格式が高い。皇学館大の岡田名誉教授らによると、この地は伊勢国の有力な豪族・大鹿(おおか)氏の本拠地で、富士山1号墳も大鹿氏関連のものという。古墳が造られて約100年後、大鹿氏の娘・菟名子(うなこ)が、敏達(びだつ)天皇に釆女(うねめ)として仕えて皇女を生み、その後、菟名子(うなこ)は舒明(じょめい)天皇の祖母となって、現在の天皇家にもつながっている。

 地元の国分(こくぶ)町には奈良時代、大鹿氏の勢力を背景に建設されたとの説もある現在の国史跡「伊勢国分(こくぶん)寺跡」や国分尼寺跡の推定地、大鹿廃寺跡、河曲郡衙(かわわぐんが)跡もあり、7年前、地元が富士山1号墳を覆っていた竹林を伐採。「古代史で地域おこしを」と市に発掘を働きかけ、市は学術調査を続けている。これまでに円筒形の埴輪(はにわ)、墳丘を覆うように敷き詰められた「葺石(ふきいし)」などが見つかっている。古墳一帯は、かつての国分村の共有地として厳重に管理され、後円部のてっぺんには「古事記」「日本書紀」の神話に登場するコノハナサクヤ姫(木花開耶姫)を祭るほこらが建っていて盗掘を免れたとされる。コノハナサクヤ姫は世界遺産・富士山の祭神として知られ、古墳名の富士山も、これにちなむ。

【日文研の磯田道史教授㊧と皇学館大の岡田登名誉教授㊨】

【ひつぎを納めた粘土槨(左下)を説明する発掘担当者】

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