
【桜が満開となった朝倉氏の館跡の唐門】
戦国時代の城下町で国の特別史跡「一乗谷(いちじょうだに)朝倉氏遺跡」(福井市)で16日、桜がちょうど満開となった。北陸地方の「桜の名所」としても知られ、多くの見物客が訪れ、遺跡を巡った。

【100年にわたり栄え、朝倉氏の館があった遺跡の核心部分】
300㌶近くと広大な特別史跡は、多くの桜が植えられ、一乗谷に沿って広がる城下町を彩っている。復元された武家屋敷の街並みから望むピンクの花は、戦国時代にタイムスリップしたような気分に。


【復元された武家屋敷で咲く桜】
一乗谷といえば、今の福井県、「越前の国」を治めた拠点。朝倉義景(よしかげ)が織田信長に滅ぼされるまで5代、100年余りにわたり、京風の公家文化を取り入れ栄えた。その後、城下町が400年以上、農山村の地下に埋もれていたが、県や市が1968(昭和43)年から発掘を進め、「そっくり街並みが残っているのは国宝級」として一乗谷朝倉氏遺跡博物館や武家屋敷などを整備。北陸新幹線の開通もあって観光客が増えている。一気に攻め落とされた朝倉氏の「100年の栄華」をしのぶようにピンクの花が咲き誇り、訪れた人らは、はかなげに散る桜をスマートフォンで撮影していた。

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同じような戦国時代の城下町は、三重県津市美杉町多気(たげ)地区にも残っている。北畠(きたばたけ)氏遺跡。伊勢国司を務めた北畠氏が築いて250年近く栄え、「北畠氏館庭園」や、山に築城された「霧山城」が国の名勝や史跡になっている。公家文化を取り入れた城下には3500戸が立ち並んでいたとされ、やはり織田信長の侵攻によって滅んだ。福井市の一乗谷と比べると、発掘調査は進んでおらず、北畠氏遺跡は山あいにあるためか、観光客は多いとはいえない。歴史に詳しい郷土史家、清水重久さん(82)=鈴鹿市長太栄町=は、かつて現地調査を重ねた。「城下町に1万人が暮らし、今でも子孫がおり、石垣などの遺構も数多く残っている」とし、三重を代表する歴史遺産の一つであり、もっと整備すれば観光資源になると主張する。
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