三重県の語源という説がある四日市市釆女(うねめ)町にある「杖衝(つえつき)坂」。伝説上の古代の英雄・ヤマトタケルノミコト(倭建命、日本武尊)が病気になり、この急坂を越えた時、「足が三重に曲がってしまって非常に疲れた」と嘆いたことに由来するとされる。郷土史家の清水重久さん(82)=鈴鹿市長太栄町=が1月16日、地元の箕田(みだ)公民館であった歴史講座で、新説を披露。同じ伝承が伝わる「杖つき坂」が岐阜県海津市にも存在すると指摘した。
公民館講座の一環。22人が聞き入った。清水さんは60年以上、古文書などの史料を探し出して解読し、郷土の歴史を調べている。今回は「杖衝坂」に着目。ヤマトタケルがたどった古代の地名が記され、奈良時代初めに完成した日本最古の史書「古事記」を読み込み、昨年11月には現地調査をした。
講座では、三重県境に近い岐阜県海津市南濃(なんのう)町の養老山地ふもとにある「杖つき坂」を現地調査したところ、現地の市教育委員会が案内看板を立てていることを紹介。古事記には、ヤマトタケルが歩いたとされる「杖衝坂」の前後に「野上」(岐阜県関ケ原町)、「尾津前」(桑名市多度町)の地名が出てくることなどから、「(広く知られる)伝承地の四日市市釆女町とは異なる」とした。四日市の杖衝坂について、清水さんは江戸時代初めに東海道が整備され、「(街道沿いの急坂を)観光地化するため杖衝坂としたのでは」と推測。この坂を題材に、俳人の松尾芭蕉が晩年、「歩行(かち)ならば 杖衝坂を落馬かな」(歩いておればなあ。杖衝坂で落馬してしまった)と季語のない無季俳句を詠んだことも説明した。
講座のテーマは「杖衝坂は釆女にあらず ヤマトタケルと古代氏族」。清水さんは四日市の「杖衝坂」近くの鈴鹿市国分町が本拠地との説があり、天皇家につながる古代豪族の大鹿氏などについても言及した。(酒井直樹)

岐阜県海津市南濃町の「杖つき坂」を現地調査する清水さんら=2024年11月9日

芭蕉の句碑が立つ四日市市釆女町の「杖衝坂」

ヤマトタケルについて講演する清水さん=鈴鹿市中箕田町

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